デジタルこどもは世界で夢を見る

シンガポールで働く,とあるメーカーの経営企画マンのブログ

商業飛行の創世記と人間讃歌のルポタージュ『人間の土地』

 日本アニメの巨匠・宮﨑駿が表紙絵を描き,「風立ちぬ」の主題が解説文につづられた本.2014年の初めに,サン=テグジュペリの「人間の土地」を読みました.

 彼の作品では『星の王子さま』を読んだ事がある方も多いかもしれません.彼は

 名門貴族の子弟としてフランス・リヨンに生まれる. 海軍兵学校の受験に失敗後,兵役で航空隊に入る. 除隊後,航空会社の路線パイロットとなり,多くの冒険を経験. その後様々な形で飛びながら,1928年に処女作「南方郵便機」,以後「夜間飛行」,「人間の土地」「戦う操縦士」,「星の王子さま」等を発表,行動主義文学の作家として活躍した. 第二次世界大戦時,偵察機の搭乗員として困難な出撃を重ね,'44年コルシカ島の基地を発信したまま帰還せず.(新潮文庫の作者紹介より)

 というすごくワイルドな経歴の持ち主. ライト兄弟が初の有人飛行に成功したのは1903年. '00-'44年を生きた彼は,飛行機の発展の歴史とともに生き,飛行機とともに散っていった御方.
 
 本書,「人間の土地」は,彼の郵便飛行機時代の経験を元に書かれています.飛行士達の空の冒険や,サハラ砂漠での不時着体験,地球の厳しさと豊かさなどがエッセイ的に連ねられています.


(郵便飛行の飛行士たちは,フランスから,アフリカ,南米を股にかけ活躍していました.@挿絵)

◆21世紀の現代では経験できない,飛行士達の冒険譚

 本を読むのは本当にいいな,と思うことは,自分では決して体験できない他人の一生や,誰かが人生を賭けて行き着いた思想を追体験できること. そして,その経験を自分の思想の糧にできることだと感じます.

 人間の土地が描くのは,飛行機に現代のようなGPSや信頼性の高いエンジンがなかった時代. 飛行士たちは,エンジンが突然停止しても,燃料が切れても,岩山に激突しても全て死…と,まさに命を賭けて郵便飛行に臨んでいます.

 中でも,作者がサハラ砂漠に不時着し,4日間水も食料も得られず,生死の境で砂漠を放浪する話は,これだけ単体の読み物としても相当に面白いです.遭難の後,彼が初めて水にありつけた時の描写はこんな感じです↓

 ああ,水!
 水よ,そなたには,色も,味も,風味もない. そなたを定義することはできない,人はただそなたを知らずに,そなたを味わう. そなたは生命に必要なのではない,そなたが生命なのだ. そなたは感覚によって説明しがたい喜びで僕らを満たしてくれる. そなたといっしょに,ぼくらの内部にふたたび戻ってくる,一度ぼくらが諦めたあらゆる能力が. そなたの恩寵で,ぼくらの中に涸れはてた心の泉が全てまた湧き出してくる. そなたは,世界にあるかぎり,最大の財宝だ. (以下,水への賞賛が続く…)

 この一節は,僕の知る限り,世界で一番,切実で,気迫のこもった水へ賞賛文なのではないかと思います(笑) 21世紀には味わえない,飛行士達の冒険が本書の魅力の1つと思います.

◆荒涼の地球との戦いを通じた,人間本質の観察

 いいところは,飛行士たちの単なる冒険活劇だけではありません. サン=テグジュペリがこれほどの評価を得ているのは,自然への挑戦を通じた,彼の人間本質の観察や描写によるものだと思います. 自分は特に,彼が導いた,2つのメッセージが刺さりました.

  • 人は,世界に対して何らかの役割と責任を負う時に,平和・幸福になれる
  • 真の贅沢とは,ただ1つしかない,人間関係の贅沢だ

 郵便飛行の時代,パイロットたちは,新たな飛行路の開拓を通じて,自然と戦いに自分の身を投じて,「自分たちが世界的な仕事に貢献している」という強い実感と誇りを得ています. そんな彼らの矜持は...本当に気高い.
サン=テグジュペリは,どんな人間であっても、自らの責任と役割を実感することが豊かさを得ることだと繰り返し説いています.

 たとえどんなにそれが小さかろうと,ぼくらが,自分たちの役割を認識した時,はじめてぼくらは,幸福になりうる. そのときはじめて,ぼくらは平和に生き,平和に死ぬことができる.

 人間であるということは、とりもなおさず責任を持つことだ. 人間であるということは、自分には関係がないと思われるような不幸な出来事に対して忸怩たることだ. 人間であるということは、自分の僚友が勝ち得た勝利を誇りとすることだ. 人間であるということは、自分の石をそこに据えながら、世界の建設に加担していると感じることだ.

 さらに,人が砂漠や雪山で遭難して死を意識した瞬間,自分のことより,残してきた家族や同僚たちの事を何より考えた,と言います.

 ああ! 家のありがたさは,それがぼくらを宿し,ぼくらを暖めてくれるためでもなければ,またその壁がぼくらの所有だからでもなく,いつか知らないあいだに,ぼくらの心のなかにおびただしいやさしい気持ちを蓄積しておいてくれるがためだ.

 命の極限状態におかれた人が,飢えと乾きの先に,周りの人達のことを想うこと. 人はこんなに強くて優しいものなのか,と驚かされます. 全編を通して,サン=テグジュペリの描写には,灰色の日常に埋没せずに,戦いつづける人間たちへの賞賛と愛が溢れています... 

 時は変わり現代,自分はどういう形で,世界の建設に向け自分の石を加えられるか? 彼がこの本で描くような,気高く,誇り高く,豊かな人生を自分も目指していきたいものです. 

それではまた!

Kawa


『人間の土地』 
サン=テグジュペリ・著 / 堀口大學・訳
おすすめ度★×4 (Max★5)